絵はがきは流れるような波頭に乗って
アール・ヌーヴォーといえば流麗にして華麗、溢れんばかりの装飾と云うイメージで、日本では人気が高く、展覧会もしばしば行われています。しかし人気があるがゆえにミュシャとガレでおなかいっぱい。過剰な装飾は美しいけれど消化不良を招きそうで、すっきりしたものや素材を活かしたものの方がいいなあと食わず嫌い。
じっさい表面的にではなく、その本質や全貌を知ろうとしても19世紀末から20世紀初めにあふれたこの波は、ヨーロッパ全域を覆い(はてはアメリカ、日本にまで余波を)、その分野は絵画、グラフィック・デザイン、建築に家具調度、宝飾デザインと幅広く作家も関連書籍も数多…一口に飲み込むのは到底不可能。
しかしこの本なら口当たりよくいただけます。滋養もたっぷり。
各国別に並べられた絵はがきをつぎつぎページを繰って見ていると、国や作家の個性が顕れており、これもアール・ヌーヴォー?ぐりぐりと渦巻く線がないなあ、スイスやドイツは線が固いけどがんばってる、国威発揚に農村?相性悪そうなモチーフもある、イタリアは案外ゴシック好み…などとキリなく楽しいのですが、共通の雰囲気というものもなんとはなしに分かってきます。
たとえば民族的な衣装や神話モチーフ。画面をそのまま二次元的に捉え、その画面上で余白や過多な装飾と人物などの主題モチーフを同等に扱い、形象や色面の配置を重視した構成(発想の源泉のひとつにはジャポニスムがあるというのもよくわかります)。
絵はがきというかたちがポスターとともにこのアール・ヌーヴォーというスタイルを広く伝えることに役立ちました。アーティストたちはこれを意識的に用いたらしく、自分たちの視覚芸術運動をタブローよりずっと軽々と遠くまで届けるメディアを使う方法は、未来派やダダ、シュルレアリスムにさきがけることとなったのでした。
『アール・ヌーヴォーの絵はがき』
ジョヴァンニ・ファネッリ エツィオ・ゴードリ
初版 カバー 同朋社出版 平5
¥9,500
Tanaka