ポリフォニーを可能にする
宇野亜喜良・横尾忠則によるイラストが美しい『海の小娘』は、
登場人物の語りを赤・青の色分けによって多重的に展開する物語。
この本を見るとき、イラストに眼を奪われがちですが、
「えほんてきに」とタイトルに書いてあるように、これは単なる「絵本」ではないのです。
ある国の港のお祭りの日、
主人公は、白く美しいヨットに乗った少女(ちょっと不機嫌)に出会い、
不思議な事件に巻き込まれます。
海のように深い眼をした少女に導かれ、
ヨットに乗り込むと、そこでは現実とは別の時間が流れていました。
中盤、船長に誘われ酒場で話をしていた時間と、少女と一緒にヨットにいた時間とが同時に展開していく場面が秀逸です。(赤・青セロファンを使って読み進めます)
そのとき何が起こっていたのか、本当のことは誰にもわかりません。
しかし、自分の身に起こったことは事実です。
独白を重ねて物語りを進めていく手法では、芥川龍之介の『藪の中』を思い出します。
これを原作に黒澤明が映画化しましたが、小説でも映画でも、
同じ場面を別の角度から描くためには、一つの時間軸の流れに沿って
別の視点からもう一度くり返すという手法をとらざるを得ません。
『海の小娘』は、赤と青の色分けで紙面をデザインすることによって
同時平行で物語を進めることができました。
赤と青の世界だけではありません。
「僕」がヨットで経験したことと、船長の遠い記憶がつながるのです。
少女はヨットに棲む亡霊か、はたまた海の化身なのでしょうか。
お祭りの日だからか、少女を媒介に彼岸と此岸がつながるのです。
彼女がちょっと不機嫌なのは、見えないものを見ないようになってしまった人たちに対してなのかもしれません。
物語とデザインが補い合って、一つの像を立体的に立ち上らせ、映像的でありながら映像では表現できない作品、これぞ本の美しさだと思います。
『海の小娘』
文:梶祐輔
イラストレーション:宇野亜喜良 横尾忠則
初版 カバー少イタミ 赤青セロファン付
朝日出版 1962年
¥65,000
Uehara