急に春めいてうららかな今日この頃。生きるとはなんぞやなどと云う考えは到底浮かんでくるはずもありません。しかしながら人間いずれは死が訪れるわけですし、生きてたら生きてたで厄介なこともあまためぐってくるわけで、いつなんどき「うわーなんか苦しいよー。生きるってなんなのおお!」といった事態になるやも知れません
人間はうっかりするとそうなりがち。そこをなんとかしてやってくための伝統的な技法のひとつが仏教であり、禅なのですが、もはや生活のすぐそばにあってじぶんの心身に染みているという実感は少ない人が多いのではないでしょうか。
そうなるとわれわれにとっての禅・仏教は、言語や文化の異なる人々にとってのそれと、さほどちがいはないのかも知れません。
江戸時代の禅僧、仙厓の書画の個々に解説のつけられたこの本はアメリカで禅を広めた鈴木大拙がその晩年の仕事として英語で著し、海外で出版されたものの日本語訳版と云う逆輸入のような成り立ちをしています
書や賛の文字を読み取ることもあやしく、古文や漢文の教養もなくて意味をとることのおぼつかないわれわれには、大拙が英訳した仙厓の詩句、および解説の日本語訳というのは楽して禅画を知り、楽しむことができるたいへん魅力的なものとなっています。
仙厓の画とことばはこれはもう、じっさい目にしていただくしかないでしょう。ヘタウマみたいですけど、この人ものすごくうまいです(あたりまえですが)。なにやら見る者のどこかにひびくものがあります。同時代の人々もやはり同じで、仙厓は画いてくれ、画いてくれ、さんざん言われたそうです。
この動物をちょっと見てください。ちなみに左側には「きゃんきゃん」と書いてあります。解説を読むとまたおもしろいですよ。
仙厓の書画
鈴木大拙 月村麗子訳
初版 カバー 帯
岩波書店 平16
¥7,800
Tanaka
ヘルムート・バーガー、ヘルムート・ラング、ヘルムート・ニュートン。ぼくも、ヘルムートなにがしと言う名前に生まれたかった。決して西洋人に生まれたかったというのではなく、ヘルムートという名前の響きが素敵だからだ。20世紀を代表するファッション写真家ヘルムート・ニュートンの写真を見た事の無い人は、少ないだろう。ニュートンの写真に限らず20世紀の広告やファッション写真は自分では気づかずに街や、雑誌の中に至る所に紛れ込んでいて知らぬ間に大衆の脳髄を勝手に刺激する。我々の頭はいわゆる国や企業の広告で作られたようなものだ。『VOGUE』などの魅力的な高級人種向けの雑誌のページをめくるだけで人々は、恍惚感に震え灰色の日常に少しの(他人がこしらえた)夢を見る。
ヘルムート・ニュートンの写真の魅力はなんと言っても体格の良いモデル達だ。ニュートンの選ぶ女性はみんな背が高くて肩幅の広い戦闘能力の高そうな女神達だ。彼女らの大理石のような肌にコルセットやギブスを身につけたヌードの写真は攻撃的ですらあり、ヴォーグのマドンナばりに刺激的だ。まるで映画ブレード・ランナーに出てくるレプリカントなみの冷たい美を備えたスーパーモデル達がレンズの向こうで我々を見下す。そんな氷の女達を支配するニュートンは「私は魂に興味が無い」と言っていたように女の体とその肉体を際立たせるハイヒールやストッキング、宝石といった記号を散りばめてフェティシズムの極地へと連れて行ってくれる。モデルの肉体は部分へと解体され物そのものになる。
半神のようなニュートンのモデル達は、写真の中でキメラのように物と融合し新しい肉体を手に入れる。機械や物との融合の願望は、ガソリンを口に含んで唾液と混合して火をつけたり、口に含んだガソリンを精液としてバイクの燃料タンクに注ぎ込むアメリカのイカした秘教的バイクグループ、ヘルズ・エンジェルスのマシーンとの一体化を思い出す。機械との融合のビジョンは多くの人がネットという広大な世界を手に入れた21世紀の今こそ多く語られるべきだ。
ニュートンの神々しい写真を見る時、女神への憧れにも似た感情が沸々と沸き上がってくる。女神達と出会い融合したいと。しかし現実には我々は映画や写真で我慢しなければならない。せめてひと時だけでも現実を忘れさせてくれるニュートンの作品は、一般の人々の手が届かないような遊びが体験でき、この世の春を謳歌した平家一族や世界の金融を握るロスチャイルド家のような大金持ちに生まれ無くとも、このムカツク程変わらない繰り返しの日常ですれきった我々の心を癒してくれる。
今回紹介するアントワープの演出家ヤン・ファーブルとのコラボレーションの写真集は、甲冑を身につけた生きた女神達を美しいモノクロームで捕らえた写真に出会える。必見である。
林 裕司
『Das Glas im Kopf wird vom Glas,the Dance sections』
Helmut Newton(ヘルムート・ニュートン), Jan Fabre(ヤン・ファーブル)
限定2000部
Imschoot, Uitgevers, Gent, Belgium 1990
¥12,600