『MOSCOW』より
20世紀のビジュアルイメージを破壊的に挑発し続けた男がいる。その名はウィリアム・クラインである。あまりにも時代の先を行っていて、いささか忘れられた感もあるクラインだが、ところがまだこの男からまだ何か絞り出せそうだ。
ニューヨークのハーレムに裕福なユダヤ系アメリカ人として生まれ、学校に行くより映画館や美術館で過ごした早熟な彼は14才で高校を卒業し、現在のニューヨーク大学に入学している。その後軍隊に入隊し、ヨーロッパ戦線に出向き彼の人生を決定的に変えるパリへ到達する。クラインはとりあえずレジェのもとで絵を学び、閉鎖的な美術の世界に我慢が出来ず、絵画からデザインへ、そして写真、映画へと向かう。
『Photographs An aperture monograph 』より
特に衝撃的だったのは写真集「ニューヨーク」である。素人がエネルギーにまかせて暴力的に撮影したかのようなこの写真集は、さまざまな物議を呼び世界中のビジュアルメッセンジャーに多大な影響を与え映画監督のフェリー二やルイ・マルなどの関心の的にもなった。ニューヨークの後、「モスクワ」、「東京」、「ローマ」と立て続けにフイルムに修めた。その期間は正味三ヶ月と言うのは驚愕に値するとともに彼のスタイルを浮かび上がらせる。その後彼は、写真を捨て映画へと向かう。特に有名なのはあの完璧主義者の変態巨匠スタンリー・キューブリックが「10年は先をいっている」とぼやいた「ポリー・マグーおまえは誰だ」だろう。その後クラインは立て続けに映画を撮り続け、なんと四半世紀のあいだに24本の映画をつくる。あまりのスピードと破壊的なイメージに嫌悪感さえ抱く人さえいるだろう。ロバート・フランクが、写真界の尊敬の的として崇められるのにたいして、クラインはただの奇抜な「パリのアメリカ人」として受け入れられているのは少々悲しい。
『Photographs An aperture monograph 』より
クラインにとって絵画や、写真、映画などは手段にすぎなくて、ラディカルな生の光の閃光が重要なのである。根源的な生の一瞬の光が稲妻のように瞬く時、ディオニュソス的な生の快楽が浮かび上がり、ニーチェが丘の上で体験した生の肯定感にも似た体験を想像させる。ある人はクラインを「マッカーサーと原爆の時代の大詩人」と少々オーバーに呼んだ。
クラインが誰からも相手にされなくなっても彼の映像は今後生まれてくるたくさんの芸術家に影響を与え続けるだろう。地位や名声、生きながらに神格化されることなんてこの男には関係ない。
Photographs An aperture monograph
William Klein(ウィリアム・クライン)
1981 初版 HC カバー(背少ヤケ)
¥38,000
MOSCOW
William Klein(ウィリアム・クライン)
1964 献呈サイン入 初版 カバーイタミ
¥175,000
林 裕司
ニューヨークと東京を拠点に活躍する新進気鋭のアーティスト、大河原 愛「網膜の記憶」展が9月21日(月)から始まりました。
古文書にドローイングをした「網膜の記憶」をはじめ、古文書や蝶を用いたコラージュ作品「Enigma」シリーズ他、最新のドローイング作品も含め、7点を展示しています。
大河原 愛さんの作品は、まずその美しさに引き込まれますが、見ているうちに自分自身への問いかけとなり、目を離せなくなります。
「古文書の紙の美しさに惹かれた」と大河原 愛さんは語っていましたが、それは自分の計り知れないはるか昔の時代のもの。
色褪せて行く過去の記憶とその喪失感、自分という存在の不確かさ、そういった不安なものを見つめることで、人間の苦悩と精神の解放の両面性が描かれています。
そうした大河原 愛さんの表現世界と古い紙の物語が相まって、今いる場所から解き放たれ、記憶を辿る旅へと誘われます。
「網膜の記憶」展は10日3日(土)まで。
美しいコラージュとドローイングの作品をぜひこの機会にご覧ください。
*展示作品はすべて販売しています。作品の価格、購入方法は電話またメールにてお問い合わせ下さい。
大河原 愛 HP
22日まで名古屋の松坂屋本店でも個展を開催中です。
「―無形の痕跡― 大河原 愛 作品展」
9月16日(水)〜22日(火・祝)
松坂屋本店 南館6F 美術売り場
Uehara
名古屋のカッコいいセレクトブックショップ【YEBISU ART LABO】の岩上さん・黒田くんは、ボケ・ツッコミが絶妙な(ときどきボケ×ボケだったりする)ほんわかコンビ。ほんわかしていても、実はこの二人、名古屋の書店と街をつなぐ大規模な本のイベント「BOOKMARK NAGOYA」の実行委員長でもあります。
その超多忙な二人が、出版レーベル<ELVIS PRESS>を立ち上げ、選りすぐりの新しいアーティストたちのZINEや写真集を満を持して出版することになりました。先の「ZINE’S MATE」でも<ELVIS PRESS>のZINEは大好評で、このたびフライング・ブックスでも扱うことになりました。
新刊・古書問わず、今までたくさんの本を扱ってきた二人だからこそ、先鋭的なセンスを持ちながらも流行に流されない才能を見出したのでしょう。
『STOMACHACHE./STOMACHACHE.』 ¥840
『水面森 - minamori - / 伊藤よう子』 ¥840
『DAWN/Yoh Nagao』 ¥945
『DAWN2/Yoh Nagao』 ¥1575
『White Book/ Masahiko Tokita』 ¥1050
※画像は真っ白ですが、撮影ミスではありません。
白い紙に白いインクで印刷してあるのです。
写真集『Goodbye,Blue Monday』Yutaka Kobyashi ¥1470
どれも他では見られないような個性的な作品なのですが、なかでも、私のお気に入りは、『STOMACHACHE.』。今年の春、YEBISU ART LABOのギャラリーで『STOMACHACHE.』の展示を見ることができ、その一見かわいいのになんかちょっと変わっている絵に一目ぼれしてしまいました。
頼りなさげなフラットな線画、だけど、ジャケットの格子模様は几帳面に描いていたり、何か小さくも強いこだわりを感じます。まだ若い作家で、アメリカのスケーターカルチャーにも影響を受けているそうです。布にシルクスクリーンで刷った「STOMACHACHE.」のタグ入り(色違い)。見開きページの色紙も色違いで作るなど、遊び心をくすぐるZINEです。
80年代後半、西海岸のスケーターたちが、写真やイラスト・詩など自分の表現したいことをまとめて、ローカルに流通させていったときのザラザラしたストリートの空気感とは違い、日本のZINEは、もっとクラフト的なこだわりや、表現内容も個人の内側に入り込んでいく印象があります。
ZINEは、個人が表現したいものを作り、コピーしてホッチキスで留めただけの原始的な形が多いですが、手作りで100部くらいしか作らないので、メディアというにはあまりにも規模が小さいものです。同人誌的なものって、独りよがりで、自己完結してしまいがちだし、ZINEの多くはメッセージ性などなく、とりとめのない落書きのようなものと見られがち。
でも、商業的な雑誌やフリーペーパーが溢れている今、そこでしか見られない個人的なわけのわからないエネルギーに惹かれてしまいます。とても個人的なところから発しているのに、その空気を共有したいと思ったり、その作家の好きなものに共感できるのは、なんだか不思議で面白いことですね。
その時の空気が込められたものは、表現がリアルなまま伝わってくるから、ブログやSNSとは違って、手に取ったときに紙やインクの質感やにおいを感じたり、小さなところから手渡しで広まっていく流通の仕方など、顔の見える生のコミュニケーションってやっぱり面白い!
店頭でサンプルも置いていますので、ぜひ手にとってご覧ください!
ELVIS PRESS by YEBISU ART LABO FOR BOOKS
http://www.elvispress.jp/
*スイスのNivesやスウェーデンのFAREWELLなども有名。
http://www.nieves.ch/
http://www.farewellbooks.com/
Uehara
普段、モデルの可能性を最大限に引き出すことを生業とするファッション・フォトグラファーが、初めて曝け出した自らの内面性とは?
東京とニューヨーク。ファッションや舞台の最前線で活躍するたかはしさんの作品は、舞台やコンタクトレンズ、ファッションブランドなどの広告写真など、街中や電車内で普段から何気なく、そして誰もが一度ならず目にしていますが、今回は一転して、長年住み親しんだ街をモノクロームの世界に封じ込めたライフーク的シリーズをご紹介します。
朽ちかけた廃墟の暗澹とした闇に浮かび上がる、屑鉄、レンガや廃材。なぜか目を奪われてしまうのは、「肌の質感」を大切にしているファッション・フォトグラファーでもあるたかはしさんならではの魔法かもしれません。
何者かが残したグラフィティとすら言えないような落書きや、墓地や、対岸の廃墟越しに眺める蜃気楼のような淡い乳白色の摩天楼は、裸一貫でニューヨークに渡ったアウトサイダーだからこそ持てる、都市への慈愛に満ちたやさしい視線とも言えるでしょう。
たかはしさんのホームページで観られる、ロバート・デ・ニーロやジェニファー・ロペスといった華やかなセレブリティのポートレートとぜひ対比して観てみてください。たかはしじゅんいちという写真家の人物像がより浮き出てくることと思います。
2009年9月 Flying Books 山路和広
2009/9/7-9/20 Flying Books Wall Gallery 「Afterimage—New York」展byたかはしじゅんいち出展作品
ゼラチンシルバープリント 各Edition30・サイン入 16×20inch
*作品の価格、購入方法は電話またメールにてお問い合わせ下さい。
たかはし じゅんいち Junichi Takahashi
新潟県新潟市出身。写真家・立木義浩に師事。1988年、フリーランスの写真家として独立、翌年よりNew Yorkに拠点を置く。2004年からは東京にも拠点を置き、国内活動を積極的に展開。以来NY&東京の2重(住?)生活をしている。今年は活動20周年、来年は渡米20周年を迎える。
ポートレイトを中心に、広告、音楽、ビューティー、雑誌等において幅広く活動。1995年からは世界的エンターテインメント集団「STOMP」のオフィシャルフォトグラファーを務め、Jennifer Lopez、Maxwell、Baby Face、Marc Anthonyなどミュージシャン達のCDジャケットや雑誌掲載写真を撮り下ろす。2002年2月には、坂本龍一氏によるプロジェクト「Elephantism」撮影のためにケニアへ。最近では、宮本亜門氏演出の舞台「トゥーランドット」のポスタービジュアルほか、Johnson& Johnson「ワンデーアキュビュー」等の広告写真を手がける。
1995年からのライフワークとして、NYの伝説的ホテルChelsea hotelの住人達をはじめ、アーティスト・ポートレートの撮影は現在も続行中。撮影旅行は、ペルー、ネパール、南アフリカ、アイルランド、ケニヤ、英国、トルコ、ギリシャ、 etc. “日本在住写真家”として、“NY在住フォトグラファー”として、国境を越えた活動を展開、常に世界を移動し続けている。
オフィシャルホームページ www.junichitakahashi.com
ファッション誌の代名詞ともいえるヴォーグに1931年から70年代までもの長きにわたって質の高いファッション・フォトを発表してきたホルスト(HORST P. Horst)。
カール・ラガーフェルドやカルヴァン・クラインなどのスター・デザイナー、ブルース・ウェーバー、ハーブ・リッツ、デュアン・マイケルズらの著名な写真家もホルストのオリジナル・プリントのコレクターなのだと云う。
1992年出版の彼の写真集『FORM』には1935年から1990年までに撮影された作品が―年代順にではなく―収録されている。
ヴォーグではカラー写真も多く見られるが、ここではモノクロ作品のみで、頁をめくるとギリシャ彫刻、ファッション写真、メール・ヌード、植物、オブジェ、フィメール・ヌード(一見わかりにくいが風景写真も)が、かわるがわる現れてくる。
しかしモチーフの違いは決して散漫な印象を与えることはない。
ヴォーグの仕事でも、綿密な計算のもとに完璧なセットを組んでのスタジオ撮影を好んだと云うホルストの美学に、これらの異質なモチーフの作品群が貫かれているからであろう。
グロピウスの芸術学校で建築を学び、ル・コルビュジェを慕ってパリに来たと云う経歴もうなずけるように、彼の作品は照明の遣い方などが立体的で、平面だけでなく量感も意識して構成され、ドラマティックな独特の空間をつくりあげている。
流行の衣服を纏ったモデルもギリシャの神々も多肉植物も、このホルストの空間の中では何の区別もなく、日常とは異なる輝きを帯びる。
有名な「マンボシェのコルセット」は言うに及ばず、肖像写真を撮るかのように念入りに照明をあてられた足や手などの人体のパーツ、オウム貝、棕櫚の葉のしずくはフェティッシュな香さえ漂わせる。
巻末にはホルストを写真家、そしてヴォーグへと導いた、自身もヴォーグ及びハーパース・バザーで活躍したジョージ・ホイニンゲン=ヒューンによる1931年、20代半ばのホルストをモデルとした一枚が添えられている。
『FORM』 HORST 1992 Twin Palms Publishers 21000円
Tanaka