ブログ - Words from Flying Books
写真を見てとても満足する瞬間がある。ブルース・ウェーバーの写真がそれだ。美しい俳優や女優、人々に見られるためだけに生まれてきたようなセクシーなモデルたち。ブルース・ウェーバーの顔を初めて見た時は、「パパ、ヘミングウェイじゃね?」と思ったぐらい、男性的な印象だった。まさかこんな山男がこんな美しい写真を撮るとは。コクトーから継承される美しい男達の裸の肖像は、永遠の少年らしさを含んでいなくてはならない。そこには少年の持っている行動の大胆さや、それゆえの危機などが必ず存在する。この危険を恐れずに行動し、くだらない事に夢中になり、時には自身の生命を掛けても無茶をやるイメージは遠くギリシアの伝説から永遠に人々の心を揺さぶり続ける。
彼等から反射する美しい光は、ドイツ製の極上のレンズを通してフィルムの乳剤面に届く。それだけで官能的で満足だ。彼の写真集の多くはマットな紙で印刷されていて、凄くモノクロームの写真と相性が良い。被写体の官能性が高すぎるせいか、抑えの利いたマットな紙がその官能性をまろやかにし、調度良い頃合いにしてくれている。本の装丁は隅々まで目が行き届いてとても気持ちが良い。
彼の写真を見るといろいろなアーティストに直接的にしろ間接的にしろ影響を与えていると知ることができる。ティルマンスの写真に出てくる自然に溶け込んだ裸のイメージも写真集から伺えるし、裸体の男同士の戯れあいは、ライアン・マッギンレイの写真とそっくりだ。彼の写真の方が彼等の写真より少しエレガントなのは、この本を手に取ってもらえば一瞬で理解できる。
ブルース・ウェーバーの写真集に貫かれた美意識は、時にはその本自体を扱いにくくする。「let’s get Lost」は、このデザインでソフトカバー、しかもザラツイタ質感の本しかもう想像出来ない。特にこの本は高額でありながらこの扱いにくさだが、ジャンキーのチェット・ベイカーの脆さと対応していて非常に微妙な感じで良い。取り扱いずらさも、これでしかこの本の味が出ないならやむ得ない。ブルース・ウェーバーの写真の魅力は言うまでも無いが、ぜひ本を手に取ってもらいたい。手で持ち、触れるというのも、本ならではの体験である。質感を感じる行為も作家の美意識に触れる一つの大事な要素である。
Yuji Hayashi
『Let’s Get Lost: A Film Journal Starring Chet Baker』
Bruce Weber
SC 美品
Little Bear Films 1988
¥189,000
『Let’s Get Lost: A Film Journal Starring Chet Baker』
Bruce Weber
SC 初版 背・裏表紙少イタミ
Little Bear Films 1988
¥95,000
『Bruce Weber』
Bruce Weber
HC 初版
Twelvetrees Press 1983
¥45,000
『BEAR POND』
Bruce Weber
初版 HC
Bulfinch Press
¥30,000
『Portikus Frankfurt』
Wolfgang Tillmans
HC 1995
Portikus Frankfurt
¥35,000
『Life Adjustment Center』
Ryan McGinley
HC 初版 2010
¥28,000
果てしなく続く砂浜で休暇を満喫する無数の人々、背の高いパームツリーや、天井の高いスイミング・プール。
初めて手にした時は、カリフォルニアの写真集かと勘違いしたほど。
まさか、連日アスリートたちの雪上や氷上での熱い戦いが繰り広げられているオリンピック会場のソチとは思いましせんでした。
ロシアの写真家 Ivan Shaginが1959年に撮影したリゾートの写真集。ミッドセンチュリーのロシアのリゾートライフを紹介する本としても秀逸です。ところどころ入るカットやカバーデザインも魅力です。
(露)『Sochi』
Ivan Shagin写真 HC 初版 カバーイタミ
1959年(モスクワ刊)¥35,000
(K.Yamaji)
フランツ・ローとヤン・チヒョルト編集による、『Foto-Auge― Oeil et Photo―Photo-Eye』。
1929年オリジナルの復刻版です。
表紙はリシツキーのセルフ・ポートレートを使ったフォトモンタージュ。
この本のオリジナルが出版された1929年、機械化の時代にあって、すでに写真表現は豊かでした。技術を身につければ誰でも写真を撮れるということは、何を撮るか、どのように表現するかということが問われていたということでしょう。
ドイツの歴史家・写真家・美術評論家でもあるフランツ・ローが序文「mechanism and expression」で写真の本質とその価値について考察しています。
タイポグラフィーはヤン・チヒョルト。
ここでいう「写真」とは、リアリティ写真、フォトグラム、フォトモンタージュ、エッチングやドローイングとあわせた写真、タイポグラフィとあわせた写真の5つのカテゴリーに分かれています。
アッジェにはじまり、マン・レイ、モホリ=ナギ、リシツキー、ゲオルゲ・グロッス、ヤン・チヒョルトなどの写真作品を収録しており、様々なアプローチで新しい写真表現が生まれてきていたことがわかります。
『Foto-Auge― Oeil et Photo―Photo-Eye』
Franz Roh Jan Tschihold 編
SC
Thames and Hudson 1974年
¥18,000
Uehara
1950年代、戦後の好景気によって物質的に豊かになったアメリカでは、郊外にマイホームを持ち、大きなクルマに乗るライフスタイルが急激に普及しました。
産業が発展し、情報量が圧倒的に増えると、処理するスピードも速くなります。たとえば、馬車に乗っていたときとクルマを運転するときとでは、目に入ってくる情報量が違います。標識などは、瞬時に判断できるデザインでなければなりません。
『catalog design progress』は、いろいろな生活の場面で、人の動きや自然な流れについて考察し、ビジュアルで情報伝達するための原理をまとめたものです。
この本が出版されたのは1950年。ちょうどイームズのファイバーグラスチェアが出来たのと同じ年です。家やクルマ、高速道路、テレビに雑誌、家具や家電や洋服に至るまで、ライフスタイルの変化とともにあらゆる分野でモダンなデザインが生まれた時代です。
著者のラディスラフ・ストナー(1897-1976)は、チェコに生まれ、1930年代までプラハでグラフィック・デザインの仕事に携わり、1939年ニューヨーク世界博覧会のチェコスロヴァキア館展示デザインのため渡米しました。
その後、ニューヨークのSweet’s Catalog Service社で約20年にわたりアート・ディレクターを務め、同社でK. Lonberg-Holmと共に『Catalog Design Progress』を出版し、モダン・デザインの発展に貢献しました。
この本は4つのパートから構成されています。
1:交通などのように産業化の影響を受けたパターン
2:タイポグラフィ・図・チャート・表紙・色や形や大きさなど、ヴィジュアルデザインについて
3:紙面の構成やレイアウトについて
4:基本的なデザインの原理(形と流れ)
ストナーのデザインは、タイポグラフィーと図像による機能的なデザインが特徴で、シンプルで力強いインパクトをもたらします。
また、この本自体の造りも凝っていて、デザインの可能性を広げてくれます。
カバーには四角い窓があいており、カバーをはずすと、リング綴じの背の部分にも赤いインクでタイトルが印刷してあります。
青いプラスティックのページが挟んであります。
表紙と同じデザインがシルバーで印刷されています。
イントロダクションもすっきりしたデザイン。
見出しのデザインも素敵です。
『Catalog Design Progress
advancing standards in visual communication』
K. Lonberg-Holm
Ladislav Sutnar
HC 初版 表紙イタミ リング綴じ
Sweet’s Catalog Service 1950年
¥135,000
Uehara
モヒカン刈りの姿で絵具を含ませたボクシング・グローブをはめ、屋外の壁に貼った紙をボカスカと叩く《ボクシング・ペインティング》で知られる篠原有司男は、1960年代、吉村益信、赤瀬川原平、荒川修作らとともに「ネオダダ」を結成し、反芸術のアクション・アートで注目を集め、1969年に渡米して以降、ニューヨークを拠点に、80歳を超える今も現役で活動しています。
激しく破天荒な作品からは、ニューヨークのソーホーに住み続けたからこそ体感できた街の熱気があふれてきます。 ウォーホルやフルクサスなどポップアートのムーヴメントが起こった1960年代に渡米した篠原有司男も、ポップ・アートの方向性を模索していたでしょう。アートとは何か、創るとは何かということを問い続けるひたむきな姿勢に打たれます。
『ニューヨークは今日も大変だ!』
初版 署名入(1985.11.2) 帯少ヤケ
講談社 1985
35,000円
『ニューヨークの次郎長』
初版 署名入(1985.11.2) 帯
講談社 1985
15,000円
『篠原有司男ドローイング集 毒ガエルの復讐』
初版 署名入 帯
美術出版社 2006
8,000円
また、現在、篠原有司男・乃り子夫妻のドキュメンタリー映画が上映中です。
「キューティー&ボクサー」
シネマライズ
http://www.cinemarise.com/theater/
パルコで展覧会も開催中。
「篠原有司男・篠原乃り子二人展」
会期:12月13日(金)~2014年1月13日(月)
会場:パルコミュージアム (渋谷パルコパート1・3F)
http://www.parco-art.com/web/
こちらもぜひあわせてご覧ください!
Uehara
SPECTATOR 29号 特集「SEEK & FIND Whole Earth Catalog」の発売を記念して、Whole Earth CatalogやMade in U.S.A. Catalogを揃えたフェアを展開してます!
70年代の「Last Whole Earth catalog」、ボリュームとしては最大規模となった1980年の「Next Whole Earth Catalog」、本としては最後の形となっている「Millenium Whole Earth Catalog」等を取り揃えてます。現在、WEBでコンテンツは公開されてますが、このサイズ、ざらついた手触りの魅力は、実際に手に取らないとわかりません!電子書籍ではなく、紙で持ちたいと思う本の代表と言える本です!是非直接ご覧になってください。(数に限りがありますので、早いものがちです!)
また、2006年にFlying Booksから限定発行していたフリー・ペーパー『Flying Buzz』の3号:Whole Erath Catalog特集の記事をUPします。(ここでしか読めないTRIPSTARの野村訓市さんのエッセイもあります!)
ファイルサイズを大きくしてますので拡大表示してしてご覧ください。
(掲載の商品はすべて当時のもので、品切れとなっております。)
コネタですが、高城剛さんの著書『サヴァイヴ!南国日本』(2007年)のあとがきに、この「Flying Buzz vol3」 のWhole Earth Catalogについてのテキストとなぜかまったく同じ文章が載っており、制作スタッフの間で話題となったものでした・・・w
ココ・シャネルやジャクリーン・ケネディとも親しく、
その人が開くパーティには、ジャック・ニコルソンをはじめ
ハリウッド・スターが大勢集まるという、
伝説のファッション・エディター、ダイアナ・ヴリーランド。
1903年にパリで生まれ、バレエ・リュスに惹かれ、
ロンドンを経て、10歳の頃ニューヨークに移住。
1920年代のニューヨークではハーレムに入り浸って、
ジョセフィン・ベイカーが大好きでした。
ある時、セント・レジス・ホテルでシャネルのドレスを着て踊っていたところを、
「Harper’s Bazaar」の編集長カーメル・スノウに声をかけられ、
1939年から「Harper’s Bazaar」のファッション・エディターとなりました。
ダイアナは、それまで上流階級の奥様向けだったファッション誌に
革命を起しました。
オートクチュールの世界をロマンチックで幻想的に表現し、
ファッションだけでなく、アート・音楽・映画などをひっくるめて一冊にまとめ、
新しい女性の生き方を提唱したのです。
時代の先を行く雑誌を作ってきたダイアナは、
アレキサンダー・リバーマンの誘いで1962年から「VOGUE」の編集長になります。
常に独創的であり、他の人が目を向けないところに魅力を見出し、
数多くのデザイナー、写真家、モデルを世に送り出しました。
1960年代は、ビートルズが新しい時代の扉を開け、
ミニスカートが大流行し、若者が新しい生き方を求めてムーヴメントを起した革命の時代。
そんな時代の空気がいっぱい詰まった1960’s VOGUEがまとめて入荷しました。
写真は、アーヴィング・ペン、リチャード・アヴェドン、ホルスト、ウィリアム・クライン、
デイヴィッド・ベイリー、ヘルムート・ニュートン、バート・スターンなど、
とっても華やかです!
また、一部状態に難のあるものは2,500円で放出しています!
お早めにどうぞ!!
Uehara
(Sorry I wrote this in Japanese at first. will try to up in English asap. K.Yamaji)
京橋のTOKYO INSTITUTE of PHOTOGRAPHY (T.I.P)で開かれる展示会「10 x 10 American Photobooks」(http://tip.or.jp/1010americanphotobooks.html)に併せて、10冊の写真集をセレクトしました。
※期間中、以下の本はFlying Booksにて展示販売予定です。(一部非売品)
選出条件:
1. 1987 年以降に出版された写真集であること。
2. アメリカ人の写真家の写真集(アメリカ生まれ、もしくは長期においてアメリカに暮らしていること)であること。
3. 上記 2 点を満たしていれば、写真集が印刷、出版された国は問いません。
セレクトに際して:
普段から選書で意識していることは、決して「今現在」のトレンドの影響ではなく、10年後、20年後にも古書として扱いたいかどうか、ということ。いくら人気のある作品でも、時代と共に風化してしまいそうなものはここには入りません。1987年という設定は古くもあり、我々の業界ではまだまだ青みの残る果実でもあります。オリジナリティに溢れた視点や表現手法であったり、そのフォトグラファーならではの時代との接し方であったり、作品セレクトの基準は一つではありませんが、しばらく寝かした後、熟し時の味に想いを馳せ、果実を選ぶ楽しみがここにはあります。
(順番はアルファベット順)
1. Allen Ginsberg. Photographs. (Altadena, CA: Twelvetrees Press, 1990).
ビート・ジェネレーションの作家をはじめとするアウトサイダーたちの日々を捉えた作品集は、自身詩人でもあるフォトグラファーと被写体の間の信頼関係があるから可能であろう内側からのドキュメンタリー。
2. John Gossage. The Code. (East Hampton, NY: Harper’s Books, 2012).
夏の強い陽射しの下、大都会で我々日本人の忘れ物をアメリカ人写真家がレンズ越しに拾ったかのような作品集。見慣れた日常の中で見落としていた風景がそこにはある。ブックデザインや編集も本人が手掛け、企画・出版のHarper Levineと共に本企画「10 x 10 American Reading Room Specialists」にも名を連ねている。
3. Susan Lipper. Grapevine. (Manchester: Cornerhouse, 1994).
ウェスト・バージニアの田舎町グレープバインで暮らす、現代の聖なる野蛮人たちのドキュメンタリー。時間をかけて撮影された住人たちの暮らしの風景はまるで映画を観ているかのような感覚に陥る。
4. Ryan McGinley. Moonmilk. (London: Mörel Books, 2009).
もはや写真界のヒーロー的存在となっているライアン・マッギンレイ。クレジットではMorel Booksになっていますが、今回取り上げたのは、それ以前に友人や関係者のために、アーティストの手作りでごく少部数が配られたZINE。レーザープリントの粗いトーンと、幻想的な鍾乳洞窟のファンタジーのマッチングが絶妙。
5. Richard Misrach. Golden Gate: A Seventy-Fifth Anniversary Album. (New York: Aperture, 2012).
ミズラックの真骨頂とも言える定点観測ドキュメンタリー。中でも本作は、人工の造形物と自然とのコラボレーションが魅せる表情の変化が素晴らしい。
6. Richard Prince. Good Life. (East Hampton, NY: Glenn Horowitz Bookseller, 2003).
いつからか蔵書や本棚自体が「作品」と見なされるようになった。シーンの先頭を走る現代アーティストの本への愛情に満ちた作品集。手掛けたのはリチャードが絶大な信頼を置き、2012年、43歳で事故により急逝したブック・ディーラー兼出版社のジョン・マクウィニー。
7. Ken Schles. Invisible City. (Pasadena: Twelvetrees Press, 1988).
本企画に「10 x 10 American Publication Writers」として参加しているフォトグラファー・ライターの第一作品集。二十代後半に発表したニューヨークの下町の風景は、タイトル「視えない街」に相応しく、ノスタルジックで幻想的。http://www.kenschles.com/
8. Alec Soth. From Here to There: Alec Soth’s America. (Minneapolis: Walker Art Center, 2010).
ケルアックやロード・ムービー好きとしては写真の世界観はもちろん好きなのだけど、本作のセレクト理由はユーモア溢れる表紙のデザインと、何より巻末のポケットに差し込まれた小冊子「The Lonliest Man in Missouri」がツボだから。本企画「10 x 10 American Reading Room Specialists」のキューレーターでもあり、今月初来日予定。(http://goliga.com/alecsoth/)
9. Bruce Weber. Let’s Get Lost: A Film Journal, Starring Chet Baker. (New York: Little Bear Films, 1988).
もちろん、ファッション写真界で新たな領域を切り開いたブルース・ウェーバー作品の主役は無機質なまでに華やかで美しい男女であるべきで、この本は代表作と言えないかもしれない。それでも一世を風靡したジャズマンの晩年を描いたこの写真集に満ちた悲哀と愛情の眼差しはなぜか瞼に焼き付いて離れない。
10. Christopher Wool. Absent Without Leave. (Berlin: DAAD, 1993).
画家として知られるクリストファー・ウールが切り取った路上の風景、ハイコントラストなゼロックスコピーで仕上げられた、後を引く写真集。この手法による作品集は似通いがちなものが多いが、1カットごとの力強さと独自の視線で唯一無二のものに仕上がっている。
山路和広 (Kazuhiro Yamaji)
絶版写真集やヴィンテージ雑誌を取扱う東京・渋谷の古書店「Flying Books」店主。雑誌等への執筆、編集をはじめ、「代官山蔦屋書店」のディレクションなども手がけている。著書に『フライング・ブックス 本とことばと音楽の交差点』(晶文社)。www.flying-books.com
10×10 American Photobooksとは? http://tip.or.jp/1010americanphotobooks.html
アメリカの写真集にフォーカスした企画。2013年9月にT.I.Pに設けられるリーディングルームでは、10人のアメリカの写真集に関するスペシャリストがそれぞれあまりまだ知られていない若手作家の作品集(自費出版を含む)を中心に幅広く10冊の写真集を選び、合計100冊の写真集が並ぶ。オンラインでは、英語および日本語圏におけるそれぞれ10名のスペシャリストがオンライン上にて写真集を紹介。日英バイリンガル仕様のスペシャルブックも作成する。このイベントの目的は、ニューヨークの写真家たちやコレクターたちの間でしか知られていなかった/見ることが出来なかった、今最も旬の、また力のある新進作家の写真集を実際に見てもらう機会を提供する事にある。イベント終了後は、広く公共に開かれている場所で多くの方に無料で見て頂くため、セレクトされた写真集100冊を東京都写真美術館に寄付する。
世界中の地下鉄のMAPを並べて見比べることが出来たとしたら、そのトポロジカルに圧縮されたカラフルな画像にとてもわくわくするはずだ。アルファベット、漢字、数字、線、点といったさまざまな記号に溢れる情報の羅列にゲルハルト・リヒターのカラーフィールド・ペインティングや、モンドリアンやワシリー・カンディンスキーの抽象絵画の美しさにも匹敵する感覚を味わえる。そこには表現の意識の無い機能美が支配し、イギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機コンコルドのようにエレガントだ。必要最小限まで絞り込み、余分なモノを一切削り落とす時、そこには最初から、それしか考えられないフォルムが現存する。カラフルでポップな地下鉄のMAPのイメージからリアルな地下鉄のイメージに変換すると、そこには全く違った世界が見える。特にニューヨークの地下鉄は、さまざまな危険なウソかホントか分からない物語を生み出し、私達の脳髄を刺激する。たしか、「裸のランチ」の冒頭もジャンキーの主人公が警察から逃げるために地下鉄に乗り込むシーンからだったはずだ。
地下鉄といえば、ウォーカー・エヴァンスがニューヨークの地下鉄の席に座る乗客を隠し撮りした写真が有名だが、今回はブルース・デヴィッドソンのギラギラ・ギトギトした写真方を選ばしてもらう。ブルース・デヴィッドソンといえば、幾多の写真家の中でも、特に被写体に真っ正面から堂々と向き合う真摯な写真家の数少ない一人である。
ハーレムの厳しさを撮影した「East 100th Street」や、ブルックリンのストリート・ギャングをドキュメントした「Brooklyn Gang:Summer 1959」、そしてマッド・マックス化した無法地帯のニューヨークの地下鉄を体当たりで撮影した強烈な写真集「Subway」は特に魅力だ。
「Subway」はその厚化粧のようなカラー写真の迫力が胸騒ぎや苛立ちを感じさせる。なんというか、見ている者に安物の香水の臭いを想起させたり、背中にナイフを突き付けられてカツアゲされているような恐怖感を視覚を通して訴えかけてくる。ブルース・デヴィッドソンがインタビューで「これはモノクロでは無く、カラーの猥雑な感じが必要だと」語っていたことが、改めて見るとやはり納得である。車内一面の落書きと、そこに座る黒人女性のポートレイトは、電車が出す騒音や低下層に生きる人々の心の苛立ちを良く具現化しているし、仲間とツルんでスカッとするために喧嘩するしか考えてないような、顔に傷のある若者達の現状がそのまんまストレートに表現されている。この魅力的だが危険一杯の空間を覗いてみたいけど、勇気のの無い方は是非、この写真集でその感覚を創造し満足してもらいたい。
ブルース・デヴィッドソンの「Subway」を眺めていると、一つの映画を思い出す。それは巨匠ブライアン・デ・パルマ監督の「殺しのドレス」である。この映画で、主人公がをブロンドのデカイ剃刀を持った女装した犯人に主人公が追いかけられる地下鉄のシーンは、80年代前半のニューヨークの地下鉄の雰囲気、いや、アメリカの雰囲気を共有している。その不安に満ちたフィルムは、天下のアメリカが下から上へと追いかけてくる日本やアジアの国々に対する恐怖であり、帝国の綻びの始まりである。しかし、この時代のフィルムに焼き付けられた不安や恐怖、その不安から出てくる”マッチョ・アメリカ”の強がりの態度は妖しく輝き、今でも僕らを魅了する。写真であれ映画であれ、恐怖や不安は人々にいち早く感染する。
ハヤシユウジ
『Subway』
Bruce Davidson ブルース・デヴィッドソン
初版 HC カバー
Aperture 1986
¥25,000
『Photographs』
Bruce Davidson ブルース・デヴィッドソン
献呈サイン入 HC カバーヤケ
Agrinde 1978
¥48,000
『Photographs』
Bruce Davidson ブルース・デヴィッドソン
サイン入 SC セロテープ跡 裏表紙少イタミ
Agrinde 1978
¥23,000
『East 100th Street』
Bruce Davidson ブルース・デヴィッドソン
SC 少イタミ 小口ヤケ
Harvard University Press 1970
¥25,000
『Portraits』
Bruce Davidson ブルース・デヴィッドソン
初版 HC カバー
Aperture 1999
¥6,000
宇野亜喜良・横尾忠則によるイラストが美しい『海の小娘』は、
登場人物の語りを赤・青の色分けによって多重的に展開する物語。
この本を見るとき、イラストに眼を奪われがちですが、
「えほんてきに」とタイトルに書いてあるように、これは単なる「絵本」ではないのです。
ある国の港のお祭りの日、
主人公は、白く美しいヨットに乗った少女(ちょっと不機嫌)に出会い、
不思議な事件に巻き込まれます。
海のように深い眼をした少女に導かれ、
ヨットに乗り込むと、そこでは現実とは別の時間が流れていました。
中盤、船長に誘われ酒場で話をしていた時間と、少女と一緒にヨットにいた時間とが同時に展開していく場面が秀逸です。(赤・青セロファンを使って読み進めます)
そのとき何が起こっていたのか、本当のことは誰にもわかりません。
しかし、自分の身に起こったことは事実です。
独白を重ねて物語りを進めていく手法では、芥川龍之介の『藪の中』を思い出します。
これを原作に黒澤明が映画化しましたが、小説でも映画でも、
同じ場面を別の角度から描くためには、一つの時間軸の流れに沿って
別の視点からもう一度くり返すという手法をとらざるを得ません。
『海の小娘』は、赤と青の色分けで紙面をデザインすることによって
同時平行で物語を進めることができました。
赤と青の世界だけではありません。
「僕」がヨットで経験したことと、船長の遠い記憶がつながるのです。
少女はヨットに棲む亡霊か、はたまた海の化身なのでしょうか。
お祭りの日だからか、少女を媒介に彼岸と此岸がつながるのです。
彼女がちょっと不機嫌なのは、見えないものを見ないようになってしまった人たちに対してなのかもしれません。
物語とデザインが補い合って、一つの像を立体的に立ち上らせ、映像的でありながら映像では表現できない作品、これぞ本の美しさだと思います。
『海の小娘』
文:梶祐輔
イラストレーション:宇野亜喜良 横尾忠則
初版 カバー少イタミ 赤青セロファン付
朝日出版 1962年
¥65,000
Uehara